叶芳和・TPP参加は新たな「思いやり予算」か
瀬戸内町加計呂麻島出身の経済学者叶芳和さんより、
TPP問題について書かれたご自分の論文がメールされてきました。
TPP問題をどう考えたらいいのか、ただ単に反対するだけでいいのかと落ち着かない気分でしたが、なるほどそうかもと納得するところがありました。
叶さんから承諾をいただきましたので、転載いたします。
興味ある方はぜひ読んでくださいませ。
写真は2006年、奄美市長選挙に出馬した折のものです。
Webサイト『みんなの株式』(記事コラム)2011年10月24日※
TPP参加は新たな「思いやり予算」か
【著者】叶 芳和 2011年10月24日
TPP参加は新たな「思いやり予算」か (partⅢ)
―国内改革へ取り組め―
野田総理は11月のAPEC首脳会議で、TPP交渉参加を決断する可能性が大きい。TPPに参加しても輸出が大きく伸びるわけではなく、TPP参加の経済効果は小さい。それなら、何故にTPPか。それは経済目的ではなく、政治的目的があるからであろう。
日本のTPP交渉参加は、新型の「思いやり予算」なのではないか。「米国の雇用創出」のための日本側負担(市場開放)である。「防衛」に対するお返しだ。今の政府がTPP交渉参加を拒絶するのは難しく、苦し紛れの選択となろう。
日本の「バーゲニング・パワー」を出来るだけ生かしつつ、交渉参加がよい。また、政治はTPPと、経済は日中韓FTAという「政経分離」で対応するのがいいのではないか(TPPと日中韓FTAの同時推進)。また、TPP交渉参加を奇貨として、国内の改革に取り組むべきだ。改革が進めば、「思いやり予算」負担の財源を軽減できる。同時に、新たな経済成長のメカニズムも生まれてくるのではないか。
1、新たな「思いやり予算」か
TPP参加の経済効果は小さい。それなら、何故にTPPか。それは経済目的ではなく、政治的目的があるからであろう。
いま、米国は雇用問題に苦しんでいる。オバマ大統領は2010年1月の一般教書演説で、「輸出倍増計画」を打ち出した。輸出を増強すれば、雇用を創出できると考えるからだ。雇用改善のための輸出倍増計画である。
また、今年1月の一般教書演説では、インドと中国との間で、米国内において25万人の雇用創出につながる協定に署名、韓国との間で7万人の米国人の雇用を支える自由貿易協定の合意に至ったと強調した。日本が米国の雇用創出に協力したという話はまだない。オバマ大統領は外交の成果を誇示するため、「日本が○○万人の米国人の雇用創出を可能にするTPP交渉に参加を約束した」と演説したいであろう。
実際、いまの米国は雇用創出に協力する国を歓迎する。今月13日、韓国の李明博大統領は国賓として訪米し、米国で異例づくしの大歓迎を受けた。米韓FTAの実施法案を批准した米上下両院合同演説では45回も拍手が起きたという。オバマ大統領は李大統領をホワイトハウスに招待し、このFTAで最大110億㌦の輸出が増え、7万人の雇用創出になるとし、韓国を「史上最良のパートナー」と持ち上げた。狂喜乱舞の姿が目に浮かぶ。異例づくしの米韓蜜月関係の演出に、日本政府関係者もショックを受けたといわれる。うらやましいと思ったことであろう。
こうした米国の最優先課題に、日本は協力しないで済ますことが出来るであろうか。オバマ大統領の輸出倍増計画は日本に対する市場開放要求でもある。日本の市場開放は米国の雇用創出につながる。TPP参加、すなわち市場開放は、米国の歓心を買う絶好の材料であろう。
逆に、米国の輸出倍増計画(雇用改善計画)に非協力的なら、日本の政権は不安定になるだろう。今の日本には、「原子力村」ならぬ、強固な「アメリカ村」もあろうから、米国への協力は政権安定のため欠かせない。バーゲニング・パワーを言ったものの、現政権にとって選択肢は少ない。(唯一の途は大震災復興への取り組み優先という選択か)。
TPPは新型の「思いやり予算」ではないかと思う。米国に防衛してもらっているので、そのお返しだ。在日米軍駐留経費の負担ではなく、「米国の雇用創出」のための日本側負担(市場開放)である。オバマ大統領再選のための協力だ。
米国の雇用創出のためのコスト負担を要求されているのではないか。この協力をしないと米国ににらまれ、政権が持たない。政権安定、延命のためのTPP参加。こんな構図ではないか。
今のTPPの議論は非常にわかりにくい(輸出にプラス説等)。「まやかし」の議論がなされているからではないか。国論を二分する政策選択の問題であるから、真正面からの議論が大切だと思う。「思いやり予算」の負担であることを明らかにして、国民の審判を仰ぐべきではないか。TPP参加は消費税等よりはるかに大きな問題である。
2、市場開放に伴うコスト【直接支払の財政】
米国による防衛へのお返しだとしても、あまりに大きな負担は困る。しかし、負担軽減の方法はある。農産品の市場開放の例で示す。
日本の農業は、高い関税で守られているところがある。関税率はコメ(精米)778%、小麦252%、いもでんぷん234%、小豆403%、バター360%、牛肉38.5%、粗糖328%である。禁止的な高関税である。仮に、TPP参加に伴い関税が撤廃されると、国内で生産を継続できないものも出てこよう(別稿で述べたように、コメは輸出産業化で発展できるので、市場開放で壊滅的打撃を受けるとは限らない)。
市場原理の導入や規模拡大等によって、大幅にコストダウンし、競争力を維持する農家も出てこよう。しかし、国際競争力がない農家も残ろう。その時の常套手段は、1980年代後半、国際農業経済学会で出てきたディカップリング政策(直接支払)である。価格支持によって農家所得を保護するのではなく、輸入価格と国内農家コストの差(内外価格差)を政府が農家に直接補償する仕組みである(『現代の理論』拙稿、2011年新春号参照)。
この直接支払の財政需要が、米国の雇用創出計画への協力のための日本側負担である。ただし、安い輸入品で消費者利益が発生するので、ネットのコスト負担はその分小さくなる(所得分配の問題)。
改革でコストダウンが大幅に進めば、内外価格差が縮小し、直接支払のための財源は少なくて済む。つまり、「思いやり予算」の負担は軽減できる。ただし、この場合でも、直接支払で、市場開放前と同じ生産量が維持された場合、米国の雇用創出に協力できないので、そこまでの手厚い直接支払は出来ないであろう(財政難の制約もある)。直接支払の財源プラス一部失業が日本側が負担するコストである。
こういう実態、市場開放に伴うメカニズムを提示した上で、国民に選択を問うべく国政選挙の審判を受けるべきであろう。
ちなみに、直接支払による農家所得補償の問題点は、構造改革を遅らせることである。小規模農家の温存につながるからだ。民主党政権になって「戸別所得補償制度」が導入されたが、じつは1990年代からその是非をめぐって論争されてきた。農協陣営は賛成、筆者は「時期尚早」を理由に反対した。構造改革を進めた後でないと、財政需要が巨額になりすぎるからだ。構造改革が進みコストダウンした後なら(せめてEU程度まで)、内外価格差が縮小し、財政需要は少なくて済む。しかし結局、「戸別所得補償」等で構造改革の進展を阻害したため、財政制約もあり、十分な農家補償もできないままに市場開放を迎えることになろう。
3、日本の新しい未来の設計に取り組め
TPPは経済効果が小さいと指摘したが、TPPに反対したわけではない。保護主義的な「ブロック経済」への参加や、「輸出が伸びる」等の産業経済の実証研究に基づかない議論を揶揄したのである。筆者は、TPPと日中韓FTAの同時推進という「政経分離」論の提唱に見るように、全方位開放政策を主張している。そして、国内の改革についての政策論議を進めるよう主張してきた。「貿易立国」に立ち戻ってはどうか。TPPや日中韓FTAを奇貨として、国内の改革を進めることが必要だ。
「TPP + 改革」あるいは「TPP + 日中韓FTA + 改革」が重要!
今の政府からは、本格的な構造改革への意気込みが伝わってこない。いまは農業分野が「スケープ・ゴート」になっているが、TPP交渉は24分野に亘る広範囲なものであり、農業はそのごく一部分にすぎない。金融サービスや電気通信サービス、投資、労働、政府調達など、その他分野の“規制撤廃”についての議論は全く進んでいない。問題から逃げている。24分野に戦線が広がれば、反対論の輪はもっと広がるので、「アメリカ村」の戦略家はそれを恐れて農業分野の議論だけを仕掛けているのであろうか。
本来交渉対象の24分野の議論を避けているため、政府の改革意欲が伝わってこない。野田内閣には、日本の構造改革を断行する気概がまだ見えない。政権の延命を目指し米国の歓心を買うためだけのTPP参加は考えものだ。「思いやり予算」だからやむを得ないという次元で思考停止せず、一歩進めて、国内の改革に踏み込むべきだ。
規制撤廃の国内改革は、消費者国民に利益にもたらすところが多い。TPP参加を梃子にして国内改革を目指せば、米国のための「思いやり予算」だけに終わるわけではない。消費者利益、また、新たな経済成長のメカニズムも生まれてこよう。さらに、産業の競争力が高まれば、「思いやり予算」負担(市場開放に伴うコスト)の軽減にもつながる。
改革への決意を持つことが、今の日本にとって非常に大切だ。「普天間」の負い目から、政権の延命を目指し米国の歓心を買うためだけのTPP参加は考えものだ。国内の改革を伴わないTPP参加は、「国益」を損ね、日本の衰退を招くであろう。明治維新に匹敵する改革を伴って初めて、TPPは役に立つものとなろう。「改革嫌いの民主党」を卒業し、日本の新しい未来を設計してほしい。
(付論:TPPの帰趨はまだ判らない。枝野幸男経産大臣9月23日シンガポール発言、民主党・前原誠司政調会長10月23日発言など、「途中離脱」論がある。また、24交渉分野があるにもかかわらず、スケープ・ゴート的に農業分野だけ議論している。そして、TPPをテコにした本格的な改革論が出てこない。そこから透けて見えるのは「途中離脱」のシナリオである。途中離脱論をチラつかせることによって、反対派を懐柔する。菅内閣不信任案決議の採決劇と二重写しである。
来月のAPECでの野田首相の決断は「交渉参加」の決断であって、TPP参加ではない。交渉は来年いっぱい続く見通し。日本はそれに参加する。しかし、TPP参加は巨額の財政負担がのしかかる。東日本復興もある、原発事故補償もある、社会保障費も膨脹している、この上にTPP参加コストの負担には耐えかねる。そこで離脱。ちなみに、米大統領選は来年11月である。いまのTPP論はまじめな議論になっていない。だから、TPPは役に立たないと言っているのだ。TPPとは別途、日本改革への取り組みが必要である)。
(注、本稿は筆者今回のTPP論のpartⅢである。PartⅠは当Web『みんかぶマガジン』(記事コラム)10月11日掲載「TPPか日中韓FTAか再論」、partⅡは同10月14日掲載「TPPは政経分離で対応」)。
TPP問題について書かれたご自分の論文がメールされてきました。
TPP問題をどう考えたらいいのか、ただ単に反対するだけでいいのかと落ち着かない気分でしたが、なるほどそうかもと納得するところがありました。
叶さんから承諾をいただきましたので、転載いたします。
興味ある方はぜひ読んでくださいませ。
写真は2006年、奄美市長選挙に出馬した折のものです。
Webサイト『みんなの株式』(記事コラム)2011年10月24日※
TPP参加は新たな「思いやり予算」か
【著者】叶 芳和 2011年10月24日
TPP参加は新たな「思いやり予算」か (partⅢ)
―国内改革へ取り組め―
野田総理は11月のAPEC首脳会議で、TPP交渉参加を決断する可能性が大きい。TPPに参加しても輸出が大きく伸びるわけではなく、TPP参加の経済効果は小さい。それなら、何故にTPPか。それは経済目的ではなく、政治的目的があるからであろう。
日本のTPP交渉参加は、新型の「思いやり予算」なのではないか。「米国の雇用創出」のための日本側負担(市場開放)である。「防衛」に対するお返しだ。今の政府がTPP交渉参加を拒絶するのは難しく、苦し紛れの選択となろう。
日本の「バーゲニング・パワー」を出来るだけ生かしつつ、交渉参加がよい。また、政治はTPPと、経済は日中韓FTAという「政経分離」で対応するのがいいのではないか(TPPと日中韓FTAの同時推進)。また、TPP交渉参加を奇貨として、国内の改革に取り組むべきだ。改革が進めば、「思いやり予算」負担の財源を軽減できる。同時に、新たな経済成長のメカニズムも生まれてくるのではないか。
1、新たな「思いやり予算」か
TPP参加の経済効果は小さい。それなら、何故にTPPか。それは経済目的ではなく、政治的目的があるからであろう。
いま、米国は雇用問題に苦しんでいる。オバマ大統領は2010年1月の一般教書演説で、「輸出倍増計画」を打ち出した。輸出を増強すれば、雇用を創出できると考えるからだ。雇用改善のための輸出倍増計画である。
また、今年1月の一般教書演説では、インドと中国との間で、米国内において25万人の雇用創出につながる協定に署名、韓国との間で7万人の米国人の雇用を支える自由貿易協定の合意に至ったと強調した。日本が米国の雇用創出に協力したという話はまだない。オバマ大統領は外交の成果を誇示するため、「日本が○○万人の米国人の雇用創出を可能にするTPP交渉に参加を約束した」と演説したいであろう。
実際、いまの米国は雇用創出に協力する国を歓迎する。今月13日、韓国の李明博大統領は国賓として訪米し、米国で異例づくしの大歓迎を受けた。米韓FTAの実施法案を批准した米上下両院合同演説では45回も拍手が起きたという。オバマ大統領は李大統領をホワイトハウスに招待し、このFTAで最大110億㌦の輸出が増え、7万人の雇用創出になるとし、韓国を「史上最良のパートナー」と持ち上げた。狂喜乱舞の姿が目に浮かぶ。異例づくしの米韓蜜月関係の演出に、日本政府関係者もショックを受けたといわれる。うらやましいと思ったことであろう。
こうした米国の最優先課題に、日本は協力しないで済ますことが出来るであろうか。オバマ大統領の輸出倍増計画は日本に対する市場開放要求でもある。日本の市場開放は米国の雇用創出につながる。TPP参加、すなわち市場開放は、米国の歓心を買う絶好の材料であろう。
逆に、米国の輸出倍増計画(雇用改善計画)に非協力的なら、日本の政権は不安定になるだろう。今の日本には、「原子力村」ならぬ、強固な「アメリカ村」もあろうから、米国への協力は政権安定のため欠かせない。バーゲニング・パワーを言ったものの、現政権にとって選択肢は少ない。(唯一の途は大震災復興への取り組み優先という選択か)。
TPPは新型の「思いやり予算」ではないかと思う。米国に防衛してもらっているので、そのお返しだ。在日米軍駐留経費の負担ではなく、「米国の雇用創出」のための日本側負担(市場開放)である。オバマ大統領再選のための協力だ。
米国の雇用創出のためのコスト負担を要求されているのではないか。この協力をしないと米国ににらまれ、政権が持たない。政権安定、延命のためのTPP参加。こんな構図ではないか。
今のTPPの議論は非常にわかりにくい(輸出にプラス説等)。「まやかし」の議論がなされているからではないか。国論を二分する政策選択の問題であるから、真正面からの議論が大切だと思う。「思いやり予算」の負担であることを明らかにして、国民の審判を仰ぐべきではないか。TPP参加は消費税等よりはるかに大きな問題である。
2、市場開放に伴うコスト【直接支払の財政】
米国による防衛へのお返しだとしても、あまりに大きな負担は困る。しかし、負担軽減の方法はある。農産品の市場開放の例で示す。
日本の農業は、高い関税で守られているところがある。関税率はコメ(精米)778%、小麦252%、いもでんぷん234%、小豆403%、バター360%、牛肉38.5%、粗糖328%である。禁止的な高関税である。仮に、TPP参加に伴い関税が撤廃されると、国内で生産を継続できないものも出てこよう(別稿で述べたように、コメは輸出産業化で発展できるので、市場開放で壊滅的打撃を受けるとは限らない)。
市場原理の導入や規模拡大等によって、大幅にコストダウンし、競争力を維持する農家も出てこよう。しかし、国際競争力がない農家も残ろう。その時の常套手段は、1980年代後半、国際農業経済学会で出てきたディカップリング政策(直接支払)である。価格支持によって農家所得を保護するのではなく、輸入価格と国内農家コストの差(内外価格差)を政府が農家に直接補償する仕組みである(『現代の理論』拙稿、2011年新春号参照)。
この直接支払の財政需要が、米国の雇用創出計画への協力のための日本側負担である。ただし、安い輸入品で消費者利益が発生するので、ネットのコスト負担はその分小さくなる(所得分配の問題)。
改革でコストダウンが大幅に進めば、内外価格差が縮小し、直接支払のための財源は少なくて済む。つまり、「思いやり予算」の負担は軽減できる。ただし、この場合でも、直接支払で、市場開放前と同じ生産量が維持された場合、米国の雇用創出に協力できないので、そこまでの手厚い直接支払は出来ないであろう(財政難の制約もある)。直接支払の財源プラス一部失業が日本側が負担するコストである。
こういう実態、市場開放に伴うメカニズムを提示した上で、国民に選択を問うべく国政選挙の審判を受けるべきであろう。
ちなみに、直接支払による農家所得補償の問題点は、構造改革を遅らせることである。小規模農家の温存につながるからだ。民主党政権になって「戸別所得補償制度」が導入されたが、じつは1990年代からその是非をめぐって論争されてきた。農協陣営は賛成、筆者は「時期尚早」を理由に反対した。構造改革を進めた後でないと、財政需要が巨額になりすぎるからだ。構造改革が進みコストダウンした後なら(せめてEU程度まで)、内外価格差が縮小し、財政需要は少なくて済む。しかし結局、「戸別所得補償」等で構造改革の進展を阻害したため、財政制約もあり、十分な農家補償もできないままに市場開放を迎えることになろう。
3、日本の新しい未来の設計に取り組め
TPPは経済効果が小さいと指摘したが、TPPに反対したわけではない。保護主義的な「ブロック経済」への参加や、「輸出が伸びる」等の産業経済の実証研究に基づかない議論を揶揄したのである。筆者は、TPPと日中韓FTAの同時推進という「政経分離」論の提唱に見るように、全方位開放政策を主張している。そして、国内の改革についての政策論議を進めるよう主張してきた。「貿易立国」に立ち戻ってはどうか。TPPや日中韓FTAを奇貨として、国内の改革を進めることが必要だ。
「TPP + 改革」あるいは「TPP + 日中韓FTA + 改革」が重要!
今の政府からは、本格的な構造改革への意気込みが伝わってこない。いまは農業分野が「スケープ・ゴート」になっているが、TPP交渉は24分野に亘る広範囲なものであり、農業はそのごく一部分にすぎない。金融サービスや電気通信サービス、投資、労働、政府調達など、その他分野の“規制撤廃”についての議論は全く進んでいない。問題から逃げている。24分野に戦線が広がれば、反対論の輪はもっと広がるので、「アメリカ村」の戦略家はそれを恐れて農業分野の議論だけを仕掛けているのであろうか。
本来交渉対象の24分野の議論を避けているため、政府の改革意欲が伝わってこない。野田内閣には、日本の構造改革を断行する気概がまだ見えない。政権の延命を目指し米国の歓心を買うためだけのTPP参加は考えものだ。「思いやり予算」だからやむを得ないという次元で思考停止せず、一歩進めて、国内の改革に踏み込むべきだ。
規制撤廃の国内改革は、消費者国民に利益にもたらすところが多い。TPP参加を梃子にして国内改革を目指せば、米国のための「思いやり予算」だけに終わるわけではない。消費者利益、また、新たな経済成長のメカニズムも生まれてこよう。さらに、産業の競争力が高まれば、「思いやり予算」負担(市場開放に伴うコスト)の軽減にもつながる。
改革への決意を持つことが、今の日本にとって非常に大切だ。「普天間」の負い目から、政権の延命を目指し米国の歓心を買うためだけのTPP参加は考えものだ。国内の改革を伴わないTPP参加は、「国益」を損ね、日本の衰退を招くであろう。明治維新に匹敵する改革を伴って初めて、TPPは役に立つものとなろう。「改革嫌いの民主党」を卒業し、日本の新しい未来を設計してほしい。
(付論:TPPの帰趨はまだ判らない。枝野幸男経産大臣9月23日シンガポール発言、民主党・前原誠司政調会長10月23日発言など、「途中離脱」論がある。また、24交渉分野があるにもかかわらず、スケープ・ゴート的に農業分野だけ議論している。そして、TPPをテコにした本格的な改革論が出てこない。そこから透けて見えるのは「途中離脱」のシナリオである。途中離脱論をチラつかせることによって、反対派を懐柔する。菅内閣不信任案決議の採決劇と二重写しである。
来月のAPECでの野田首相の決断は「交渉参加」の決断であって、TPP参加ではない。交渉は来年いっぱい続く見通し。日本はそれに参加する。しかし、TPP参加は巨額の財政負担がのしかかる。東日本復興もある、原発事故補償もある、社会保障費も膨脹している、この上にTPP参加コストの負担には耐えかねる。そこで離脱。ちなみに、米大統領選は来年11月である。いまのTPP論はまじめな議論になっていない。だから、TPPは役に立たないと言っているのだ。TPPとは別途、日本改革への取り組みが必要である)。
(注、本稿は筆者今回のTPP論のpartⅢである。PartⅠは当Web『みんかぶマガジン』(記事コラム)10月11日掲載「TPPか日中韓FTAか再論」、partⅡは同10月14日掲載「TPPは政経分離で対応」)。